大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)3814号 判決 1977年3月25日
原告
瓜本正雄
右訴訟代理人
田辺善彦
外一名
被告
国
右代表者法務大臣
福田一
右指定代理人
岡準三
外一名
被告
兵庫県
右代表者知事
坂井時忠
右指定代理人
岡準三
外三名
主文
一、被告らは各自、原告に対し、金八三万二、五四八円および内金七六万二、五四八円に対する昭和四六年七月一九日から、内金七万円に対する昭和五二年三月二六日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の、その余を被告らの連帯負担とする。
事実《省略》
理由
一(事故の発生)
(一)、昭和四六年七月一八日兵庫県相生市千尋町所在の高取峠付近において、道路の南側斜面が土砂くずれをおこし、そのため車輛転落事故が発生したことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば以下の1ないし3の各事実が認められる。
1、原告は、昭和四六年七月一八日普通乗用自動車(以下「原告車」ともいう)を運転して本件道路を赤穂市方面から相生市方面へ向けて進行し、同日午後三時三〇分ころ相生市千尋町所在の高取峠(相生市那波字鍋島一、九三一番地から赤穂市高野字八重山一、〇四七番地の六七までの間)に入つたが、そのころおりからの激しい降雨で先行車の列が停滞したため、のろのろ運転を続けた。
2、原告車が高取峠の頂上を越えて下り坂にかかつた午後三時四〇分ころは、車の中から外の景色が見えないほどの激しい雨となり、原告は、やむなく同市相生市飼所山五三〇一番地の同道路上で先行車に続いて停止していたところ、五分位経た午後四時ころにいたり突然その南側斜面が、道路から斜距離約七〇メートル上方の地点を上端にして、巾約一〇メートル、長さ約29.2メートル、厚さ約二メートルにわたつて土砂くずれ(以下「本件土砂くずれ」ともいう)をおこし、その土砂は本件道路を横切り北側斜面へ向けて落下した。
3、そのため原告車は、後続の大型バス一台および軽乗用者二台とともに土砂くずれの直撃を受け北側道路下に転落した。
(二)、<証拠判断・省略>
二(被告らの責任)
(一)1、本件道路は国道で、被告国が設置した営造物であり、道路法一三条の「指定区間」外であるため、被告兵庫県の管理に属していることは当事者間に争いがない。
2、後記(二)の認定事実に、<証拠>を併せ考えると、次の事実が認められ、これを覆えすべき証拠はない。
本件土砂くずれは、長時間の豪雨や長雨の後発生したものではなく、また後記(二)で述べるように本件崩壊斜面の土質からして、表土が地表水により表面から吸水膨潤し泥流と化したものでもないが、たまたま斜面の一部に長年のうちに表土からとり去られて岩片が露出し、大小の岩片と表土との混合した地層が地表面に現れた箇所が存在し、右箇所は透水性が大であつたところから本件崩壊斜面の上端となつて、同所に、その集水面積からは通常予想できない集中豪雨による多量の雨水が侵透して伏流水となり、その流路にある岩片および表土を下方に移動させるか、あるいは水圧が揚圧力となつて表土に作用した結果発生したものである。
(二) 道路の管理に瑕疵があつたとは、道路の管理の不完全により、道路として通常備えるべき安全性を欠いていることをいうと解するのが相当であるから、先ず本件事故が、原告主張のように防災措置不履行という本件道路の管理の瑕疵に基づくものであるか否かを検討する。
1、本件道路のうち高取峠は土砂くずれの多い地帯であるため、各所に防災工事を施していたが、本件現場の南側斜面には防災工事を施していなかつたことは当事者間に争いがない。
2、右事実に、<証拠>を総合すると以下の(1)ないし(6)の各事実が認められ、これを覆えすべき証拠はない。
(1)、本件道路のうち相生市から赤穂市に至る区間は、昭和三四年ころから昭和三八年にかけて道路改良工事が行なわれ、昭和三九年ころに道路としての供用が開始され、昭和四〇年ころにアスフアルト舗装が完成したものであり、相生市から高取峠(長さ4.95キロメートル)を経て赤穂市に通ずる唯一の二単線の幹線道路で、その車両通行量は一日約七〇〇〇台にのぼる。
(2)、右区間のうち高取峠は、道路改良工事の際切り取り工法によつて作られた場所が多いため土砂くずれの虞れがあり、昭和四五年九月建設省により実施された全国道路総点検の結果、その全域が危険度Aの危険箇所に指定された。
(3)、右切り取り工法により作られた箇所のなかには、がけくずれ防止のためにネツト張りや吹きつけを施し、あるいはコンクリート造りの防護壁を設けるなど防災工事を施したところもあるが、未だ擁壁などの防災施設を施していない箇所もあつて、ここでは、これまで降雨ごとに荒土が落下し、或いはトラツクで搬出する程度の落石が生じたこともあつた。本件事故当日においても、原告および原告車に同乗していた松田恵文はいずれも本件現場に至るまでの間に二、三ケ所で小規模な土砂くずれが発生しているのを目撃している。
(4)、一方、本件現場は相生市側の高取峠登り口から赤穂市側へわずか二六三メートル程はいつた峠の入口付近の地点で、峠頂上に向かつて一〇〇分の四の勾配をもつた巾員7.3メートルの道路上であり、その道路の改良工事に際しては、直接山肌を削り取ることなくいわゆる盛り土工法により道路を拡張した部分であつた。本件現場の南側には本件土砂くずれを生じた海抜七〇メートルの私有山林飼所山があり、北側は長さ約一七メートル勾配ほぼ六〇度の下り斜面をなし、さらにその北側には平地がひろがり、相生市千尋町の住宅街に連なつている。
(5)、本件現場付近の道路には、その南側に深さ0.68メートル、巾0.4メートルの測溝が敷設され、右測溝の南端からさらに南側に約五メートル幅の平地がひろがつているため、斜面の崩壊事故が発生したとしても、これによつて落下する土砂のエネルギーは減殺され、本件道路における被害が軽減される地形になつていた。右平地が切れるところから飼所山の斜面となり、その勾配は二二度ないし三〇度であつて、右斜面を含むその付近一帯の斜面はほぼ一様な緩勾配をなし、したがつて右斜面に地表水が集中する虞れはなく、また本件事故前においては樹令二二、三年の松、楢の灌木、雑木が密生し、これによつて斜面の土砂くずれを防止する作用を果していた。右斜面の土質は石英粗面岩を基岩となし、その上層には、右石英粗面岩が風化されて生じた大小の岩片と表土からなる厚さ0.5ないし1.5メートルの混合物の層(この層は粘土質であるため粘着力に富み透水性は極めて少ない)、ついで表土層という順序で堆積していたため、豪雨にあたつても、右各層が吸水膨潤し泥流となつて流化する危険性は極めて少なく、これまで本件現場付近において土砂くずれのみではなく、落石も発生したことがなかつた。
(6)、前記のとおり、現場には本件事故以前何らの防災工事も施されていなかつたが、本件事故後土砂くずれのあつた箇所の修復をなすにあたり、これとともに右箇所に新たに危険発生の虞れが生じていたので、その下端に金網の柵を設け、その上部の斜面には凸型の蛇籠を作つてその中に石をつめ、右柵の下部には本件道路に通ずるコンクリートの排水溝等の排水施設を設けて土砂くずれの発生を防止している。
3 右認定の事実特に本件現場における地質的、地形的条件と、本件現場およびその付近でこれまで土砂くずれも落石も生じたことがない事実とに鑑みると、本件現場において土砂くずれの発生を予測することはできなかつたものといわなければならない。従つて被告が本件事故発生前に本件のような土砂くずれの発生に備えて防災措置を講じなかつたことをもつて、本件道路の管理に瑕疵があつたものということはできない。
もつとも前認定の事実によると、本件現場を含む高取峠の全域は危険度Aの危険箇所に指定されていたことが明らかであるが、右のとおり危険度Aの危険箇所であるということから直ちに峠の全域につき防災措置を施す必要性があるものとはいいがたく、防災措置の要否は峠のうち個々の具体的な箇所における危険度ひいてはその予測可能性にもとづき判断さるべきであるから、右の点は前記判断に消長を及ぼすものではなく、また本件事故発生後施された防災措置は、事故発生にともなう地形的変化を修復し、かつ右修復により新たに生じた危険度を予測した結果なされたものであるから、この点もまた本件事故前の防災措置の要否にかかわるものではないといわなければならない。
(三)、つぎに本件事故当日における気象状況と、これに対して被告のとるべき規制措置から考案して、被告らが本件道路を管理するにつき、原告主張のような瑕疵があつたか否かを検討する。
1、<証拠>によれは、事故当日の気象状況として、以下の(1)ないし(3)の各事実が認められ、これを覆えすべき証拠はない。
(1)、本件現場を含む相生地区及び赤穂地区における事故当日の七月一八日の天候は午前中快晴であつたが、雷雲が右当日の午後零時ころ兵庫県南西部で発生し、午後二時ころ急速に発達し、相生、御津付近で停滞して本件現場を含む相生地区に大雨を降らせた。
(2) 相生市における右当日の毎時降水量は別表(1)の通りであり、七月一八日午前九時より翌一九日午前九時までの一日降水量は一九九ミリメートルに達したが、高取峠をへだててその西側に所在する赤穂市においては前同様の一日降水量は僅か三五ミリメートルにすぎず、また本件道路を管理する被告兵庫県上郡土木事務所付近においても七七ミリメートルであつて、右当日の降雨の特徴は非常に局地的なものであつて、相生市南部から御津町にかけての狭い地域に限られ、かつ短時間のうちに大雨が右箇所に集中したことである。
別表
(1)
相生
県・土木
18日09―10時
―
10―11
―
11―12
―
12―13
9、0
13―14
20、0
14―15
51、0
15―16
69、0
16―17
44、5
17―18
0、5
18―19
―
19―20
4、5
20―21
―
21―22
―
22―23
―
23―24
―
19日00―01
―
01―02
―
02―03
0、5
03―04
―
04―05
―
05―06
―
06―07
―
07―08
―
08―09
―
18日09―19日09
199
1時間最大
起時
71、0
15:05
16:05
単位mm
別表
(2) 観測所の記録
第一位
第二位
第三位
統計年数
上郡
二〇九ミリ
昭45.8.14台風九号
一七〇ミリ
昭21.7.29熱帯性低気圧
一六八ミリ
昭35.8.29台風一六号
一九四〇~一九七〇
赤穂
二一一ミリ
大4.8.4台風
一六八ミリ
昭21.7.29熱帯性低気圧
一三一ミリ
昭32.7.9台風
一八九八~一九五〇
竜野
一三三ミリ
昭43.9.25台風一六号
一二八ミリ
昭45.8.14台風九号
一二五ミリ
昭35.8.29台風六号
一九四〇~一九七〇
網干
二一一ミリ
明36.7.8梅雨前線上の
低気圧、熱低か?
一九三ミリ
大14.9.17熱帯性低気圧
一二七ミリ
明32.7.9台風
一八九八~一九四七
(3)、相生、赤穂地区付近における過去の大雨は記録上別表(2)の通りであるがいずれも台風または熱帯性低気圧によるものであつて、雷雨による大雨は全く異例のことであり、神戸海洋気象台においても、本件事故発生後の午後四時五分に至りようやく雷雨注意報を発表したような状況であつた。
2、被告兵庫県上郡土木事務所が本件事故当日の午後二時二五分ころ相生警察署上郡派出所から高取峠に崩土があつた旨の電話連絡を受けたこと、本件事故発生当時赤穂市から高取峠に向かう車輛の進行等について格別の規制措置がとられていなかつたことは被告らの自認するところであり、<証拠>を総合すると、被告が事故当日にとつた管理状況として以下の(1)ないし(9)の各事実が認められ、これを覆えすべき証拠はない。
(1)、本件道路の相生市から赤穂市に至る区間の管理事務は、高取峠の北西約一二キロメートルの箇所にある被告兵庫県上郡土木事務所においてこれを所管していた。
(2)、右土木事務所は、本件事故当時パトロールカー一台により総延長距離三四二キロメートル(内国道が六七キロメートル)の道路を巡回して管理し、高取峠の巡回にあたつては、本件土砂くずれを生じた地点は同所が外観上勾配のゆるやかな雑木林であるため危険性はないものと判断して、パトロールカーから降りることなく車上からこれを調査し、頂上付近は、同所が道路改良工事の際切り取り工法によつて道路を拡巾したもので、擁壁を有していたため右地点を重点的に巡回調査していた。
(3)、高取全域にわたり上郡土木事務所、相生警察署、相生市役所の三者は昭和四六年四月二八日に合同パトロールを、また上郡土木事務所は同年七月一六日、一七日に単独でパトロールをそれぞれにしているが、いずれの際においても本件現場付近に格別の異常は認められなかつた。
(4)、本件事故当日は日曜日であつたが、その前日所轄区域内の兵庫県佐用郡で雷雨による被害が発生したため上郡土木事務所の主任沖中源吾は同土木事務所に出勤していたが、午後二時二五分ころ相生警察署上郡派出所から豪雨により高取峠頂上付近で崩土が発生した旨の電話連絡を受けた。
(5)、一方当日相生市内の自宅にいた同土木事務所の岸本技師は雷雨発生とともに、これによる災害の発生を危惧して午後二時一〇分ころ本件道路を巡回のため私用車で自宅を出発し、午後二時二〇分ころ相生市相生四丁目の青木鉄工所前にさしかかつたが、交通不能のため右巡回を中止し、午後二時三〇分ころ相生市役所へ赴き、そこから上郡土木事務所にいた沖中に対し電話で相生市内の降雨および道路の状況を報告したうえ、同土木事務所の道路補修課長小林昭一の相生市への出張を要請した。
(6)、沖中は右各電話に接するや直ちに上郡町の自宅にいた小林に対し右各状況を電話で報告し、小林は沖中の乗つてきた同土木事務所の公用車に同乗して午後二時五〇分ころに上郡土木事務所に到着し、高本技師とともに午後二時五五分ころ高取峠の崩土の状況を確認するため同峠の頂上へ直行すべく、県道赤穂佐用線を通行しようとしたが、赤穂佐用線はすでに六月三日の道路欠壊によつて通行不能であり、そのため国道二号線を回り、有年から高雄に向かう近道を通ろうとしたが、この高尾有年線もまた当日の豪雨のために冠水して通行不能であつた。そこで小林はやむなく国道二号線を経由して相生市を迂回して高取峠に向かうこととし、午後三時すぎに相生市役所に到着した。
(7)、しかし、同市那波地区においても道路が冠水していたため高取峠へ向かうことができず、午後三時三〇分か四〇分ころ同市役所において、岸本技師に対し、国道二号線と県道竜野相生線の交差点にある道路情報板に「国道二五〇号線高取峠方面は那波地区にて冠水のため通行禁止」という掲示をするように指示し(右掲示は午後三時五〇分ころになされた)、さらに高取峠の赤穂市側登り口である坂越橋付近の道路情報板にも右同様の掲示をするべく、赤穂市役所に対し電話で連絡しようとしたが、電話不通のため連絡することができなかつた。
(8)、小林は高取峠へ行くこともできず、また赤穂市側との連絡も取ることができないため、相生市役所において今後の対策を協議していたが、その間の午後四時ころに本件事故が発生した。
(9)、なお、相生市側においては午後三時一五分ころ高取峠への通行禁止の規制措置が取られているが、これは、相生警察署において前記那波地区における道路の冠水のため高取峠への通行を禁止したものであり、赤穂市側においては、本件事故発生後に至つてようやく相生、赤穂両警察署間の連絡により本件土砂くずれのため通行禁止の規制措置がとられた。また上郡土木事務所の係官が事故当日赤穂市役所等に連絡して赤穂市側で通行禁止の規制措置をとるべきことを求めた場合には、右連絡後一〇分位で右措置を講じうるような情況であつた。
3、右1、2認定の各事実によると、上郡土木事務所にいた沖中は、事故当日の午後二時二五分ころ相生警察署上郡派出所から豪雨により高取峠頂上付近において崩土が発生した旨の電話連絡を受け、さらに午後二時三〇分ころ岸本から相生市内における異常な降雨および道路の各状況について電話通報を受けるや、直ちに上郡町の自宅にいた同土木事務所の小林にその旨報告し同人の指示を求めたことが明らかである。そして小林は同土木事務所の道路補修課長として、同峠が危険度Aの危険区域に指定されている事実のみでなく、同峠の地理的状況及び防災施設の状況等を知悉していたうえ、午後二時二五分ころから三〇分ころにかけて右のように沖中から相生市内における異常な降雨の状況及び同峠における崩土発生の通報を得たのであるから、これによつて直ちに同峠の全域もしくはそのいずれかの区域において右崩土に引続き、土砂くずれ或いはこれに類するような事故が発生すべきことを予測していたか、もしくは少なくとも予測しえたものというべきである(この事実は、小林が沖中からの連絡に接した後高取峠頂上へ直行しようとした事実自体からも首肯されるところである)。
このように小林は同峠において事故の発生すべきことを予測し、もしくは予測しえたのであるから、通行者の安全確保のため迅速に同峠の赤穂市側入口で通行禁止の措置をとるべきものであり、もし小林において午後二時三〇分ころ直ちに右措置の実施に着手していたとすれば、原告の右入口進入時である午後三時三〇分ころまでの間に優に赤穂市役所もしくは警察署を通じ、同所の道路情報板に通行禁止の掲示をするなどの措置を講ずることができ、これによつて本件事故の発生を未然に防止しえたものというべきところ、小林は前認定のように同所における通行禁止の措置をとらなかつたのであるから、本件事故は小林の右のような本件道路に対する管理の瑕疵にもとづいて発生したものといわなければならない。
(四)、本件道路は国道で、被告国が設置した営造物であり、被告兵庫県が管理していたのであるから、被告国は国家賠償法二条一項により、被告兵庫県は管理費用負担者として同法三条一項により、それぞれ本件事故により原告に生じた損害を賠償する義務がある。
(五)、被告らは本件事故は不可抗力によると主張しているが、以上に説示したところから明らかなとおり、本件事故は不可抗力によつて発生したものということはできないので、右主張は採用しない。
三原告の損害<省略>
四原告の過失の有無
被告らは、原告が本件現場の手前で異常な豪雨と崩土の発生を現認しながら、赤穂市側へ転回してひき返すこともまた相生市側へ向けて進行する途中の待避場所で待避することもしないで慢然と進行を続けたのは重大な過失であると主張する。なるほど、<証拠>によれば、高取峠においては、対向車はなく原告車が転回しようと思えば一、二回の切替によつて転回が可能であつたこと、また同峠では四ケ所の待避場所が設けられていることが認められないでもないが、<証拠>によつて認められる、原告が高取峠を通行したのは本件事故当日がはじめてであること、雨がひどく降りはじめたのは峠の下りにさしかかつてからであること、原告車の前後には多数の車が停滞しながら相生市へ向けて緩行し、豪雨の中に停止するに至つた状況などに鑑みると、高取峠付近の道路状況に詳しくなく、また同峠の地形、地質上の危険性についての知識のない、むしろ国道の安全性に信頼している原告に対し、相生市へ向かつている他車の列と別れて赤穂市側へUターンする行動を期待することは酷であり(土砂崩壊の危険性を予測すべきものとすれば、引き返す途中でもその発生の可能性はある。)また雨がひどくなつてきたのは峠の下りにかかつた時であるから運転者の心理として先行車の進行を期待してこれに追従しようとするのが通常と考えられ、他車が相ついで待避するような土砂崩壊のきざし等が現認ないし明らかに予測される状況を呈していたならともかく、停止していた位置も道路管理者においてさえ地形上危険を予測しなかつた箇所なのであつて、かかる道路状況および進行状況にあつて、降雨が異常であつたことからただちに待避場所に待避停車すべきであつたとすることは無意味ないし単なる結果論であり、事故地点まで走行し、先行車の発進を待つて停止していた原告に過失があつたものということはできない。
五結論
以上のとおり、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し金八三万二、五四八円およびこれにより弁護士費用分金七万円を控除した残金七六万二、五四八円に対する本件事故発生の日の翌日である昭和四六年七月一九日から、右金七万円に対する本判決言渡の日の翌日である昭和五二年三月二六日からいずれも支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、被告らに対するその余の請求をいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条但書を適用し、なお、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。
(西内辰樹 松本克己 前田順司)